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「よくできたときほど褒められない」のジレンマ PressIT機能やユーザーの課題を形にするデザインとは

パナソニック社員を招いて、ソリューションについて聞いてみる連載コラム。今回はワイヤレスプレゼンテーションシステム「PressIT(プレスイット)」の続編です。

PressITは、会議や教育現場においてPCの画面共有をスムーズに行うためのビジネスソリューションです。会議室のモニターに受信機、個人が使用するPCに送信機を接続することで、送信機のボタンを押すだけで、PC画面のモニター共有が可能に。

従来の「接続用ケーブルを複数人で回して使用する」といった段取りが不要になり、会議が効率化。かつ、新型コロナウイルスを受けたビジネス環境では、「ソーシャルディスタンスを保ちつつ対面での会議を行う」といった目的でも活用することができます。

続編のテーマは、PressITを取り巻くデザインについて。PressITは、開発の途中でそのコンセプトやデザインを見直し、そのうえでオリジナリティがあり、かつ使いやすい形を追求しました。

会議室や学校で、システムを多くの人に便利に使ってもらうためには、「わかりやすい仕組み」と「わかりやすく使えるデザイン」が必要不可欠です。PressITをより間口の広いビジネスソリューションとするために重要な役割を果たしたのが、プロダクトデザインやUIデザイン、ロゴデザインを担当したデザイナーたちです。

本体を収納するケースや、2つのボタンに割り当てられた機能、ワクワクしながら開封させるパッケージなど、PressITはデザインにもこだわりが詰まっています。現在のデザインが生まれた過程や、仕事の醍醐味について、パナソニックコネクティッドソリューションズ社デザインセンターの⼩⼭崇、今市遥、木全輝志に話を聞きました。

※ 新型コロナウイルス感染症の拡大防止策として、会場は十分に換気し手指を消毒した上で、適度な距離をとってインタビューを実施しました。

(聞き手:井上マサキ)

写真:担当者
今回のコラムはこの方々にお話を伺いました

⼩⼭ 崇

パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社 デザインセンター プロダクトデザイン部 所属。PressITでは機器のプロダクトデザインおよびマネジメントを担当。

写真:担当者

今市 遥

パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社 デザインセンター コンテンツデザイン部 所属。グラフィックデザイナーとして、PressITではロゴデザインおよびパッケージデザインを担当。

写真:担当者

木全 輝志

パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社 デザインセンター コンテンツデザイン部 所属。PressITでは機器のUIデザインを担当。

要望「これでデザイン賞を取ってほしい」に頭を抱える

実は、このシリーズでデザイナーの方にお話を聞くのは初めてなんですよ。今日はよろしくお願いします。改めて、皆さんのお仕事について教えていただけますでしょうか。

普段は業務用機器のプロダクトデザインを担当しています。家電や家具、文房具など、身の回りにある工業製品をデザインするのがプロダクトデザインの仕事ですね。

工業製品のデザインというのは、カッコいい見た目にしたり、使いやすい形にしたり……ということでしょうか?

そうですね。さらに、その製品の機能や販売戦略、ターゲット、製造コストなども頭に入れないといけません。そのうえで、「お客さんにどういう形で届けるべきか」を各担当者と一緒になって考えるのが、プロダクトデザインの重要な役割になります。

確かに、「このデザインは使いやすいけどコストがかかる」とか「見た目がオシャレすぎてオフィスで浮く」とか困りますもんね。製品を理解したうえで手がける、という意味では、UIデザインも同じですか?

同じですね。自分の仕事は、お客さんが製品をどう使うのかを分析するところから始まります。やりたいことに対して、どう表現して、どう操作させてあげるのが一番良いかを考えます。メニューの階層やボタンの割り当て、画面の配置、LEDの配色まで担当することもありますよ。

家電についているLEDもUIデザインの範囲なんですね。

色や光り方でLEDの「意味」が変わるんです。たとえば「使用状況を赤の点滅で知らせる」という仕様があったら、「それはやめましょう」と別の色を提案することもありますし。

それはどうしてでしょう? 赤の点滅って、目立つからいいような気もしますが。

赤の点滅は危険や故障を連想させるので、そうでない場合は避けたほうがいいんです。あとは色弱の方でも色の区別がつくように、ユニバーサルデザインにも配慮したりとか。

LEDひとつにもそこまで考えることがあるんですね……。今市さんが担当したロゴやパッケージのデザインも、製品を十分に理解したうえで臨まれるわけですよね。

そうですね。制作側の思いももちろん大事なのですが、それ以上に商品を手に取られる方がどう感じるのかを意識しています。製品に込められた思いを届けるには、どういう形がベストなのか、手にとっていただいた方に喜んでもらうにはどうすればいいのか、日々、試行錯誤しています。

ロゴやパッケージ以外をデザインされることもあるんですか?

はい、案件によってはWebサイトやチラシ、ネーミングなども提案します。展示会で必要だったり、販促で使うものだったり、それぞれ求められるものも異なっています。

なるほど。どんな製品でどんな思いが込められているのか、それをユーザがどう見てどう使うのかなど、ひとくちにデザインといっても、たくさんの要素から成り立っていることがわかりました。大変なお仕事ですよね。

いえいえ、ありがとうございます。

では今回のPressITは、どんなデザインのオーダーがあったんでしょうか?

最初は「デザイン賞を取ってほしい」と言われました。つまり、「カッコよく作ってください」と。

え。ここまで「カッコよさだけじゃなく、色々考えてデザインをしていますよ」と説明していただいたんですが……。

まぁ、正直「困ったなぁ」と(笑)

さらなる使いやすさを意識し「1ボタン1機能」に

「カッコよくしてください」という依頼に、簡単に「わかりました!」とは言えないですよね。そういう抽象的なオーダーを受けたときは、どうやってデザインを進めていくんですか?

まず「どうしてそういうリクエストになるんだろう」と考えます。しかし今回のPressITは機能的にもシンプルな商材で、これといった要望やリクエストも出しづらかったと思うんです。商品企画を進めている途中で、コンセプトやデザインを仕切り直した経緯もありますし。

▲PressITは(写真左側より時計回りに)「送信機のケース」「受信機」「送信機(2個)」が基本のセット。送信機は本体全面が大小2つのボタンで構成されており、それぞれに別の機能が割り振られている

すでに競合他社がいる分野において、パナソニックらしさを出したい。でも機能がシンプルなので、技術的な優位性が出しづらい。そこでデザインに力を入れて、見た目や使い心地を追求したいのでは、と考えました。オフィスで使われる製品なので、洗練された感じも求められるのかなと。

「デザイン賞を取ってほしい」というリクエストからそこまで想像するんですね。パナソニックらしさを出すために、他社製品と比べたりしたのでしょうか?

はい。いろいろな製品を実際に使ってみて、気づいたことがありました。たとえば、他社製品は複数の機能を1つのボタンに割り当てていること。例えば「画面切替」と「他画面共有」など、異なる性質の機能を1つのボタンで実現していて、初見だと操作がわかりにくかったんです。これは1ボタン1機能のほうがいいだろう、と。

それでボタンが「メイン(画面切替)」と「サブ(マルチモード)」の2つに分かれているんですね。

あとは収納ですね。送信機のケースを用意しても使われていない場面が結構あったんです。そこで、最初は巻き尺みたいな形を考えました。外面に磁石を付ければ、ケーブルを本体にスルスルっと巻き取ったあと、ホワイトボードにペタッっと貼れる。収納という概念からなくそうと思って。

PressIT送信機の試作。左の円形のものが、「巻き尺型」

それ、すごく面白いですね! やってみたくなります

周囲にも好評だったんで試しに作ってみたんですよ。でも、HDMIケーブルがうまく曲がらないし、巻き癖も付いちゃうしで、全然うまくいきませんでした。

実際にやってみないとわからないもんですね……。「巻き尺案」のようなデザインのパターンは、どれくらい考えたのでしょうか?

細かいものを含めると、10から20くらいでしょうか。そこから5つくらいに絞り、次に3つに絞り、最終的に1つを選ぶことになります。

デザイン段階のラフスケッチ。ケースと収納の方法やボタンの配置まで、さまざまなパターンを検討した試行錯誤が見て取れる

そうして完成したのが横置きのケースなわけですね。

他社製品では縦型のケースもあったんですが、モニタの前に置くと邪魔になっていたんです。最終的に採用した横型は、収納効率の面ではベストとは言えないんですが、場所を選ばないことを優先しました。「ワークショップのときに機材を配布する」というシーンでの活用も想定しています。

開封時にワクワクする箱と「パナソニックブルー」

UIデザインも、いくつかパターンを検討されたんですか?

そうですね。ボタンの割り当てやLEDの色を検討するために、スマホアプリで実際の挙動を再現したプロトタイプを作りました。4人が使うことを想定して、4台のスマホでそれぞれがボタンを押したらどうなるか、いろいろパターンを変えて試してみたんです。

▲UIの試用は、送信機を模したスマホのアプリを利用して行う

これは手間がかかってますね! この丸いボタンを押すわけですか。

ボタンは丸いのは「巻き尺案」の名残ですね(笑)。ケーブルを巻くために丸くしていたので、ボタンも丸くなりました。

こんなところに巻き尺の夢の跡が……。こうしたプロトタイプって、開発のたびに作るんですか?

ここまで作り込むことはあまりないですね……。今回はボタンが単純な割に、最初に想定されていたボタン割り当てがすごく複雑だったんです。わかりにくさを説明するのに、口で言うよりも実際に体験してもらったほうがいい、と思って。

そこからこのプロトタイプを使って、どんどんシンプルにしていったと。

そうですね。同時押しやダブルクリックといった複雑な動作は省いて、「割り込みをロックする場合はボタン長押しで、LEDは赤色に」など、各パターンを実際に試しながら決めていきました。

▲以前手掛けたテレビ会議システムのGUIを例として示しつつ、説明をする木全

ロゴも最初はなんらかの指定があったんですか?

最初のヒアリングではまだ具体的なイメージが固まっていないようで。「洗練された感じ」というキーワードが出ていました。

「カッコよくしてください」と同じだ!

そこから「安っぽくしたくないけど、柔らかさや親しみやすさがほしい」「ガチャガチャうるさい感じにはしたくない」など、いくつか方向性を出してもらって、「この中ならどれがイメージに近いですか?」とデザイン案を見てもらうのを繰り返しました。

やはり実際に見てもらうのが早いんですね。

あとは、「無線接続」や「つながる」を表すマークも作って、ロゴマークとして展開することも提案しましたね。

これって文字の形だけじゃなく、色も考えないといけないですよね。

色味に関しては、今後、別製品と組み合わせて使うことも想定して「パナソニックブルー」を意識して作っています。PressITの世界観を大切にするため、UIとも色味を合わせたり。

パナソニックブルーなんて色があるんですね。これらの候補のなかから、どんなプロセスで1つに絞るんですか?

実際に製品に印字したイメージを見て検証したり、それぞれの案のメリット・デメリットを洗い出したり、いくつか判断材料があるんです。最終的に関係者全員で協議して、こちらに決まりました。

これを決めるまで、そんなにいろいろなことが……。パッケージも同じように進めていった感じですか。

BtoB製品は店頭に並ぶわけではないので、茶色の段ボールになることも多いんです。ただ、今回はしっかりとパッケージを作り込みたいということで、開けたときにワクワクする感じを目指しました。化粧箱のフタを開けると、青のグラデーションが見えるようになっているんですよ。

PressIT化粧箱のデザイン候補。複数のデザイン案を検討した結果、左上のデザインが採用されている

確かに、既にフタの下にちょっと青がのぞいてますよね。(フタを開ける)……おぉ、フタの開き具合と青のグラデーションがリンクして、「開けている!」という感じがします。

パッケージ表面も、「ロゴと商品写真」の案や、ロゴだけにした案も作って、議論を重ねました。「パナソニック製品とわかるようにキーカラーを入れたい」「会議室にたくさん箱が並んでいても、その中身がわかるように」という意見も聞きながら、現在の形に落ち着きました。

「使用シーン」まで考えられているとは……。プロダクトデザインも、UIデザインも、そしてロゴやパッケージも、当初のふんわりしたイメージに、徐々に輪郭を付けていく作業でもあるんですね。

「よくできたときほど褒められない」デザインのジレンマ

みなさん、それぞれのデザインをされるなかで、どんなところに仕事の魅力を感じますか?たとえば、良いデザインだと褒められたり。

UIデザインはですね、よくできたときほど褒められないんですよ。何も意識せずに使いこなせるのが一番いいですから。

それって……ちょっと寂しいですよね?

少しは(笑)。ただ、「いい」とも「悪い」とも言われないだけで、意図した使い方をされていないこともあるんです。そのときは「なんとなく使いづらいけど、まぁいいか」と思われているかどうかを、利用シーンを観察して見抜くしかない。言葉にできない課題こそ大事なんですよ。

わかります。こちらで仮説を立てて、サンプルを見せて、それをお客さんに触ってもらったりしてはじめて「あ、そういえばこんな課題があった」って思い出してくださるんですよね。たとえば以前にリモートカメラを新規開発したとき、ある若いデザイナーが「このほうがカッコいいから」と、カメラ未使用時はレンズを収納するようにしたんです。それが意外にも北米の大学でウケたんですよ。

それは「カッコいい!」と評判に?

いえいえ、お客さんが「そういえば、授業が終わると用務員がカメラを全部下向きにしてるんだよ」と言いだして。どうやら欧米ではプライバシーが厳しくて、授業が終わると「もう撮ってません」というアピールのために、手動で全てのカメラを下向きにしているそうなんです。「それを自動でやってくれるのはいいね!」となって、最終的に製品化もされました。

ただ「カッコいいから」という理由だったのに!

こうした課題は商談の場ではなかなか出てこなくて、実際に「これはどうですか」とモデルを作ったから引き出せたわけです。形にすることで意識になかった課題を引き出せるのは、デザイナーの強みであり、この仕事の面白いところですね。

ロゴやパッケージも、技術サイドなどの悩みに「こういう解決策はどうですか」と提案しながら作るので、喜んでもらえるのが一番嬉しいですね。実際に使っていただいている様子を見るのは、やりがいにも繋がります。

PressITもいよいよ世に出るわけで、実際に会議室で使われる様子を見ることができますね!

いや、それはむしろドキドキしますね……。お客さんのところに届くのと一緒に、弊社の会議室すべてにPressITが置かれることになりますから。全社員が使うとなったら、「これ、なんでこうなの?」とダイレクトに言われそうで。

普段とは違うプレッシャーがありそうですね。それもまた、新しい課題を引き出せた、ということになのでしょうか……。